セーシェル共和国 国歌「集え セーシェル人」
セーシェル共和国 国歌「集え セーシェル人」
タイトル
Koste Seselwa(確認中)/集え セーシェル人
『全てのセーシェル人よ団結せよ』と紹介されることが多い。公式英訳の日本語訳なのだろうか。セーシェル・クレオール語Verのタイトルにはそこまでの意味は書かれていない。
作詞
David André /確認中
1958年セーシェルのビクトリア州モンビュクストン地区で生まれ。
セーシェル大学卒業後、無線士として働く。1976年からフランス政府の奨学金でフランスへ留学し音楽を学ぶ。1年後、セーシェルとフランスの関係が悪くなり、帰国を余儀なくされる。ラジオ局で短い期間働いた後、すぐに別のフランス政府の奨学金で渡仏し再び音楽を5年学び音楽教師の資格を取得した。1984年に帰国後文部省に入省。その後英連邦の奨学金でカナダのアカディア大学で音楽教育の知識を深めた。
1997年に教育界から引退し政界へ。大統領から首都ビクトリアの市長に任命された。2021年にはセーシェル文化遺産芸術研究所 事務局長に任命されている。
Georges Payet /確認中
作曲
同上
採用年
1996年6月18日(国家シンボル法 採択日または施行日)
成り立ち
1976年6月29日、イギリスからの独立の日に行われた記念式典でセーシェル最初の国歌『En Avant』がイギリス海兵隊音楽学校のHM Royal Marinesのバンドによって演奏された。
1977年6月5日クーデターによって一党独裁の社会主義国家になると、国歌も変更され『FYER SESELWA』になる。
1993年に新たな憲法が制定され複数政党制が導入された翌年の1994 年、国歌を決めるコンテストが行われ3つの作品まで絞られた。同年11月、コンテストの主催者の国家シンボル委員会は、各作品の制作者David André、Georges Payet、Antoine Azemiaにそれぞれの良いところを組み合わせ1つの作品にしてくれないかと持ちかける。Antoine Azemiaはその提案を辞退し、残った2人はサン・アンドレ広場の古民家に籠もり1日で作り上げた。作り上げた作品は、国家軍楽隊のクラリネット奏者として非常勤で雇われていたロシア人Anatoli Savatinovによってアレンジされ完成し録音をパリで行った。
1996年6月18日「国歌シンボル法」が施行され正式に『集え セーシェル人』が国歌となった。
これが様々な所で語られてきたエピソードだが、2018年政府が運営するメディアが衝撃的なインタビュー記事を公表した。制作を辞退したと言われていたAntoine Azemiaが25年の沈黙を破ったのだ。
彼曰く、当初は政府の国家シンボル委員会から国歌の制作を任されたのはAntoine Azemiaだった。メロディはフランス パリで演奏・録音され、歌詞は、当時元大臣のジョセフ・ベルモンが委員長を務めていた委員会がアイデアを出して制作された。Antoine Azemiaは試聴のためメロディのみをピアノで弾き、カセットに録音してあったという。それからしばらくして、国家軍楽隊の音楽家たちが、音楽学校のロシア人講師、アナトーリ・サファティノフ氏が書いた国歌を練習していると教えられる。彼は「モデラート・ノビレ」というテンポだけで、題名もないいくつかの楽譜を彼は見せられた。
更に、その直後委員会から急遽呼び出される。伝えられたのはキーボードを持ってくることと、他に2人の演奏家がいるということ。到着すると、キーボードで自身が作曲した国歌を演奏するよう言われる。Antoine Azemiaは小さなキーボードでフルオーケストラの曲を演奏するのは不可能だと説明したが、委員会は演奏するようにと言った。演奏すると、会議の参加者は彼の曲を拒否し、現国歌の制作者が作った歌詞を使って新しい国歌を作り直すことを提案した。彼は「国歌はすでに書かれていて、練習もされている、そうでないふりをするのは茶番に過ぎない」と告げ国歌制作を辞退したとインタビューで証言した。
EXCELSIOR
♪
憲法第3条で法律によって国歌が定められると記載されている。
♪♪
1996年6月18日に施行された法律「国家シンボル法」では、タイトル付きの楽譜、類似品の使用、商用目的の禁止、大統領の権限、違反した場合の罰則が定められている。
♪♪♪
法律上、歌詞はセーシェル・クレオール語で書かれている。しかし政府ポータルによれば英語とフランス語の翻訳歌詞があるとされるが法的根拠は確認できない。
歌詞
Sesel ou menm nou sel patri
Kot nou viv dan larmoni
Lazwa, lanmour ek lape
Nou remersye Bon Dye
Prezerv labote nou pei
Larises nou losean
En leritaz byen presye
Pou boner nou zanfan
Reste touzour dan linite
Fer monte nou paviyon
Ansanm pou tou leternite
KOSTE SESELWA!
歌詞 日本語訳
歌詞 カタカナ読み
国歌に関するリンク
【政府ポータル “National Ceremonies and Symbols”】
https://www.egov.sc/GovernmentAgencies/natcesym/natcesym.ASPX
【議会 “憲法”】
https://www.nationalassembly.sc/publications/others/constitution-third-republic-seychelles
【SeyLII “National Symbols Act”】
https://seylii.org/sc/legislation/consolidated-act/145a
【Seychelles Nation “‘It still feels like a new song whenever we hear the national anthem’”】
https://www.nation.sc/archive/259291/it-still-feels-like-a-new-song-whenever-we-hear-the-national-anthem
【Seychelles Nation “Letter to the Editor – The national anthem saga continues”】
https://www.nation.sc/archive/259411/letter-to-the-editor-the-national-anthem-saga-continues-?
【Seychelles Nation “The band that orchestrated ‘En Avant’”】
https://www.nation.sc/archive/249993/the-band-that-orchestrated-en-avant
【Seychelles Nation “The National Anthem saga— (Episode 3)”】
https://www.nation.sc/archive/259515/the-national-anthem-saga?-episode-3
【IRD “Les Seychelles et la Révolution française”】
https://horizon.documentation.ird.fr/exl-doc/pleins_textes/divers11-10/010019455.pdf
【 Kreol “David André – Mayor of Victoria, Seychelles”】
https://kreolmagazine.com/culture/features/david-andre-mayor-of-victoria-seychelles/#.Yda49mjP1yx
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