ポルトガル共和国 国歌「ポルトガルの歌」

ポルトガル共和国 国歌「ポルトガルの歌」

タイトル

A Portuguesa (ア・ポルトゥゲーザ)‎/ポルトガルの歌

直訳は“ポルトガルの”。駐日大使館では『ポルトゲーザ』と紹介されている。

作詞

Henrique Lopes de Mendonça(確認中

1856年2月2日リスボンで生まれ。海軍に在籍しながら、詩、小説、演劇台本も制作した。1912年5月25日、大尉で海軍を引退。1925年には、ポルトガル演劇作家および作曲家協会(現在のポルトガル作家協会)の創設メンバーとして参加した。1931年8月24日リスボンで逝去。リスボンに彼の記念碑や名前を冠した庭園がある。

作曲

Alfredo Cristiano Keil(確認中

ポルトガルに移住したドイツ人両親のもとで、1850年にリスボンで生まれた。彼の教育はロマン主義発祥の地ドイツで行われ、ニュルンベルクとミュンヘンで音楽と芸術を学ぶ。1870年、普仏戦争の影響で帰国。画家としての顔があり、2000点以上の絵画を残し、国立現代美術館に展示されている作品もある。1883年、コミックオペラの作曲家としてデビューし人気を博す。国歌として制定される4年前の1907年10月4日にドイツ・ハンブルクで逝去。なぜハンブルクにいたのかは不明。リスボンに彼の名を冠した公園がある。

採用年

1911年6月19日(制定)  

成り立ち

19世紀末、カルロス一世の治世。アフリカでは大国による植民地の割り振りについて議論が行われていた。1890年1月11日、イギリスはポルトガルが自身の植民地だと主張するピンクマップ(現在のモザンビークからアンゴラ)から軍を撤退することを求める最後通牒をする。この要求をポルトガル政府が受け入れた同年1月12日夜、不満をいだいたAlfredo Keilと、ロシオの“Tabacaria Costa”やシアードの音楽出版社“Neuparth”をよく利用していた彼の友人たちが集まった夕食会で行進曲作成の構想が生まれ、Keilが愛国者の行進曲を書き上げる。Henrique Lopes de MendonçaはAlfredo Keilの要望を受け、同月末歌詞を書きあげたのが『A Portuguesa』だった。
1890年2月にNeuparth & C.ªが楽譜を出版し無料配布し、当時としては異例の22,000枚以上の印刷枚数を記録。ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ロシア語に翻訳され、他のヨーロッパ諸国にも広がった。
1890年3月29日には、サン・カルロス王立劇場で、「偉大なる国家のための定期演奏会」で『A Portuguesa』を演奏。これを皮切りに、4月末には、リスボンの8つの劇場のうち3つの劇場で演奏された。
当初、アフリカのポルトガル領をイギリスに譲渡したカルロス1世に対抗し、愛国心や民族の誇りを高めることを目的に作成され、政治的な目的はなかった。しかし、その人気が故、政治利用されていく。1891年1月31日にポルトで起こった反乱で行進曲として採用。そのため、君主制の時代において、この曲は禁止される。
1910年10月5日、共和革命によってポルトガル第一共和国が誕生。この日の朝、リスボンの共和党軍は、ロタンダからリベルダーデ大通りを行進し、楽団が絶え間なく演奏されたといわれる。
同年11月17日、陸軍省は、国歌『A Portuguesa』が演奏される際は、制服を着た全ての軍人は敬礼し、私服の場合は頭を下げ、どちらの場合も曲が終わるまで起立していることを定めた。
共和党政権は旧政権との違いを示すため、国旗や通貨を変更する。もちろん、国歌も例外ではなく王政時代の国歌である『Hino da Carta』に代わり『A Portuguesa』を国歌として1910年11月に臨時政府にが承認。
1911年6月19日に開催された国民議会において、憲法の発布に伴い国歌として正式に制定された。しかし、メロディなどは統一されずに様々な形で演奏される。
楽譜など公式バージョンが承認されたのは1957年。1957年9月4日付の政府官報シリーズ1 N199に閣僚評議会で国歌が公式に承認された旨の決議が掲載された。その結果、Frederico de Freitasによって交響楽団用のバージョンが作られ、それを基に軍楽隊の検査官であるMajor Lourenço Alves Ribeiro少佐によって軍楽隊用のバージョンが作られた。

EXCELSIOR

憲法では以下のように定められている。
第11条 第一項
2.国歌はA Portuguesaとする。

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法律は確認できなかった。

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刑法第332条において国の象徴を侮辱した場合、2年以下の懲役または240日以下の罰則が科せられると定められている。

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オリジナルは3番まであり、公式に国歌として認められているのは1番のみ。

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構想を生んだ夕食会には、ポルトガル最初の漫画家と言われるRafael Bordalo Pinheiro、大統領を務めたTeófilo Bragaらがいた。

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ポルトにはRua 31 de Janeiro(1月31日通り)がある。

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サンタレン フェレイラ・ド・ゼゼレには、1890年に国歌演奏を初めてリハーサルした建物“Solar dos Monteiro Mor”が現存する。

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行進曲として発表された時には人気のあまり商業目的でも使用された。“A Portuguesa “のイワシ、”A Portuguesa “の葉巻、”A Portuguesa “のビスケットなど、様々な商品にA Portuguesaに関連した名前が付けられた。

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初代国歌:『Hymno Patriotico/愛国賛歌』1809~1821年
Marcos António da Fonseca Portugal作曲。ジョアン6世42歳の誕生日を記念して、制作され1809年5月13日にサン・カルロス王立劇場で初めて演奏された。別名『D.ジョアン6世の賛歌』

2代目:『Hino da Carta/憲法賛歌』1821~1910年
D. Pedro de Alcântara作詞作曲。ブラジル帝国初代皇帝としても知られるペドロ4世の作品。ペドロ4世がリオデジャネイロに到着し、立憲君主制導入を試みたポルトガル初の憲法の遵守を父王の名のもとで誓ったのちの1821年3月31日に完成させた。ポルトガルに帰国後にポルトガル内戦が勃発する。1834年3月、勝利したペドロ1世の娘マリア2世の治世で正式に国歌として採用。1910年10月5日現在の『A Portuguesa』に国歌の座を奪われた。

歌詞

Heróis do mar, nobre povo,

Nação valente, imortal,

Levantai hoje de novo

O esplendor de Portugal!

 

Entre as brumas da memória,

Ó Pátria, sente-se a voz

Dos teus egrégios avós,

Que há-de guiar-te à vitória!

 

Às armas, às armas!

Sobre a terra, sobre o mar,

Às armas, às armas!

Pela Pátria lutar

Contra os canhões marchar, marchar!

歌詞 日本語訳(製作中)

Heroes of the sea, noble people,

Valiant and immortal nation,

Arise today once more

The splendour of Portugal!

 

From out of the mists of memory,

Oh Fatherland, the voices are felt

Of your great forefathers,

That shall lead you on to victory!

 

To arms, to arms!

Over land, over sea,

To arms, to arms!

To fight for the Fatherland!

Against the cannons, march, march!

(大統領府ウェブサイト英訳歌詞を基に作成)

歌詞 カタカナ読み(製作中)

Heróis do mar, nobre povo,

Nação valente, imortal,

Levantai hoje de novo

O esplendor de Portugal!

 

Entre as brumas da memória,

Ó Pátria, sente-se a voz

Dos teus egrégios avós,

Que há-de guiar-te à vitória!

 

Às armas, às armas!

Sobre a terra, sobre o mar,

Às armas, às armas!

Pela Pátria lutar

Contra os canhões marchar, marchar!

国歌に関するリンク

【大統領府 “National symbols”】
https://www.presidencia.pt/en/president-of-the-republic/the-presidency/national-symbols/

【大統領府 “National Anthem”】
https://www.presidencia.pt/en/president-of-the-republic/the-presidency/national-symbols/national-anthem/

【共和国大統領博物館 “国歌”】
https://www.museu.presidencia.pt/pt/conhecer/republica-e-simbolos-nacionais/hino-nacional/

【共和国大統領博物館 “共和国と国家のシンボルの移植”】
https://www.nbcnews.com/id/wbna10736128

【駐日ポルトガル大使館 “歴史年表”】
http://embaixadadeportugal.jp/jp/%e3%83%9d%e3%83%ab%e3%83%88%e3%82%ac%e3%83%ab/%e6%ad%b4%e5%8f%b2/

【DRE “Government Gazette No. 199/1957、Series I of 1957-09-04”】
https://dre.pt/pesquisa/-/search/281221/details/normal?q=hino+nacional

【リスボン市立アーカイブ “Henrique Lopes de Mendonça”】
http://arquivomunicipal.cm-lisboa.pt/pt/gca/index.php?id=687&preview=1

【リスボン市立アーカイブ “Alfredo Cristiano Keil”】
http://arquivomunicipal.cm-lisboa.pt/pt/gca/index.php?id=686&preview=1

【ポルトガル作家協会 “簡単な年表”】
https://www.spautores.pt/spa/quem-somos/authors-rights-brief-chronology

【AVAエディション “ALFREDO CRISTIANO KEIL (1850 – 1907)”】
https://www.editions-ava.com/pt/alfredo-cristiano-keil-1850-1907

【国立現代美術館 “Alfredo Keil”】
http://www.museuartecontemporanea.gov.pt/pt/artistas/ver/20/artists

【mediotejo.net “‘Percurso Artístico Alfredo Keil’ integra projeto de requalificação do solar dos Monteiro Mor”】
https://www.mediotejo.net/ferreira-do-zezere-percurso-artistico-alfredo-keil-integra-projeto-de-requalificacao-do-solar-dos-monteiro-mor/

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