ボツワナ共和国 国歌「我等の地」

ボツワナ共和国 国歌「我等の地」

タイトル

Fatshe Leno La Rona(読み方確認中)/ 我等の地

作詞

Kgalemang Motsete  /確認中

Serowe出身。教師で政治家。ロンドン大学で音楽の学位を取得し、ボツワナ独立の指導者として活躍。反植民地主義のボツワナ人民党の代表を努めた。国歌のメロディは1962年にボツワナ人民党の仲間とともにガーナ旅行をしたことがきっかけで作曲したと言われている。1974年逝去。

作曲

同上

採用年

1966年9月30日

上記に行われた独立記念式典で歌われたことを根拠に記載。しかし法律の存在が確認できれば変更する可能性あり。

成り立ち

イギリス保護領時代はイギリス国歌『神よ女王を護り賜え』が歌われていた。
駐南アフリカ英高等弁務官の管轄を経て1966年に独立(駐南アフリカ英高等弁務官の管轄時代、『南アフリカの呼ぶ声』が歌われていたかは不明)。
1966年での独立の見立てがたった1965年末、イギリス人将校George Winstanley(独立後、首相官邸で初の内閣書記官になった)が国旗・国章・国旗の必要性を訴え、1965年12月31日までに内務省に提出するよう募る。国歌の場合、賞金は20レアルで歌詞とメロディのセットで出すことが求められた。この告知は南アフリカの国営新聞「Daily News」や「The Star」、その他の地方紙に掲載され、ボツワナ国内だけでなく南アフリカからも応募があったという。最終的に7曲まで絞られ閣議の場で演奏された。これら7曲はラジオで定期的に流したり、1966年4月下旬から5月上旬にかけての1週間、ラジオ局のホールで生演奏をするなど国民が聞ける機会を作り国民投票が行われる。そこで圧倒的な勝利を得たのがはKgalemang Motseteが作曲した『我等の地』だった。Kgalemang Motseteは優勝し20レアルを得て著作権を政府に譲渡。ツワナ語で作成されていたため、政府によって英訳がされた。
1966年9月30日の独立記念式典で国歌が公的な場で初めて演奏される。しかしこれがオリジナル楽譜に忠実ではないと制作者から指摘された。制作者自身によって修正が加えられた修正版を1968年1月に政府が配布するよう指示。これは独立前と独立後の両方で公式訪問した初めての外国人大統領ザンビアのケネス・カウンダ氏の国賓訪問を控えて急遽行われた対応だった。

EXCELSIOR

憲法での明記はない。

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法律は存在するようだが確認ができていない。

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楽譜のミスと政府による英訳は制作者にとって耐え難いものだった。
1966年8月16日、当時ザンビアで教師をしていたKgalemang Motseteは通りで売られていた『クロニクル』紙に掲載されていた国歌の英訳を読み、訳文がメロディに合わないことに気づく。すぐに内務大臣に連絡し自身が新たに作成した英訳歌詞をボツワナ政府に送っており、朱筆で訂正箇所が書かれた楽譜が今も残る。
また、楽譜にもミスが多く見られたようで、ハーモニーであるべき所が男性のみで歌うようになっていたり、そもそも音符の位置が間違っている箇所もあった。Kgalemang Motseteは不快感を隠さず、修正点と「世界で嘲笑される」と手紙にしたためている。しかし、彼の修正は間に合わず、9月30日の独立記念式典では修正前の歌詞と楽譜が配布された。修正が行われたのは1967年2月になってから。この当時の混乱が見受けられるエピソードがある。1969年2月には大統領令として「ツォーガン」の部分を強調できないかなどと指示が出ている。

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George Winstanleyは国旗と妻の協力を得て国章を作成し、その両方が採用された。

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1997年10月から20Pula紙幣にKgalemang Motseteが描かれている。

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1967年11月、EMIヨハネスブルク支店からヨハネスブルグのアレクサンドラという町にある聖ミカエル聖公会合唱団がEMIのスタジオでボツワナ国歌を販売目的で録音したという連絡が政府に入った。同社のコロンビアという商標で販売するため、国歌の製作者名と著作権がどうなっているか知りたいという内容で、販売に関しての事前許可の申請はなかった。
結果政府は、楽譜が原曲に忠実でなかったことを理由に “ボツワナ国歌としては適切ではなく販売を許可しない”という判断を下す。EMIは150枚コピーしており商業的損失が出たと政府を非難した。このEMIの録音バージョンは政府が作者に指摘された正確ではない楽譜を忠実に再現されたことが理由だったと考えられる。

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2007年まで国家の象徴は大統領の許可なしでは自由に使用できにあという規定を設けた“National Emblems Act and National Emblem Subsidiary legislation”が存在。これにより国歌を歌える国民が少なかった。2006年の独立40周年に合わせ国歌の普及が進められ、現在は多くの人が歌えるようになっている。

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公式の英訳歌詞があるものの歌う人は皆無。

歌詞

【1】

Fatshe leno la rona, Ke mpho ya Modimo,

Ke boswa jwa borraetsho;

A le nne ka kagiso.

【コーラス】

Tsogang, tsogang! banna, tsogang!

Emang, basadi, emang, tlhagafalang!

Re kopaneleng go direla

Lefatshe la rona.

【2】

Ina lentle la tumo

La chaba ya Botswana,

Ka kutlwano le kagisano,

E bopagantswe mmogo.

(コーラス)

歌詞 日本語訳

 

歌詞 カタカナ読み

【1】

ファツェ レーノ ラーローナ

ケムポー ヤー モーディーモ

ケボ ソワァージワー ボーーラーエツォ

アレ ネーカ カギソ

【コーラス】

ツォーハァーン ツォハァーン バンナー ツォハァーン

エーマン バサディ エーマン ターハファラン

レコパネーレ ゴディーレラ

レファーツェーラー ローナー

【2】

イナ レンテ ラ トゥーモ

ラ チャバーヤ ボーツゥワナ

カクトゥルワーノ レーカーヒーサノ

エボパーハン ツウェ モーホー

(コーラス)

※コーラスは2回歌うという情報があり確認中

協力:駐日ボツワナ共和国大使館

国歌に関するリンク

【駐スイス ボツワナ大使館 “ABOUT BOTSWANA”】
https://botswanamission.ch/about-botswana/

【大英博物館 “Kgalemang Motsete”】
https://www.britishmuseum.org/collection/term/BIOG154487

【ボツワナ大学 “The botched ‘National Prayer’: challenges in the performance and recording of the Botswana National Anthem, 1965-2006”】
https://ubrisa.ub.bw/handle/10311/2300

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