アルゼンチン共和国 国歌「アルゼンチン国歌」

アルゼンチン共和国 国歌「アルゼンチン国歌」

タイトル

Himno Nacional Argentino(カタカナ読み確認中)/アルゼンチン国歌

名称は3度変更があった。変更の流れは次の通り。「Marcha patriótica」、「Canción patriótica nacional」、「Canción patriótica」。1847年の出版物で「Himno Nacional Argentino」と呼ばれ今に至る。

作詞

Vicente López y Planes/確認中

1785年生まれの詩人。1827年7月7日から翌年8月18日まで大統領を務めた。

作曲

Blas Parera/確認中

スペイン・バルセロナ生まれの音楽家で作曲家。
1797年よりブエノスアイレスに滞在しピアノの教授、オルガン奏者として活躍した。1817年、母国スペインに帰国し3年後の1820年スペインで逝去。

採用年

1813年5月11日

アルゼンチンでは“国歌の日”として祝日となっている。現在の形が政令で制定されたのは1944年。

成り立ち

1810年の5月革命から始まったスペインからの独立戦争の最中だったアルゼンチン。1812年、当時5月革命後スペインに変わり統治を行っていたリオ・デ・ラ・プラタ連合州の執行機関“Primer Triunvirato”は、自治体の行政機関である“カビルド”に有能な人材による国歌作成を勧める書簡を送る。そこで“カビルド”は詩人のFray Cayetano Rodríguezに作成を依頼し同年7月に完成させた。歌詞は承認され、音楽家Blas Pareraが曲を作成し同年11月1日に正式に発表された。しかし、この歌は期待された反響が得られなかった。
1812年5月24日、ブエノスアイレスの劇場“la Casa de la Comedia”でVicente López y Planesは、5月革命を題材にした劇「El 25 de Mayo」の最後に流れた音楽に感動する。彼はその日の夜、自宅に戻ると劇場で聞いた曲に合うような歌詞を作成。現在の第1節を書いた。このメロディに合わせた歌詞が国内で人気となり、翌年5月11日に行われた憲法制定議会(Asamblea del Año XIII)において“Marcha patriótica”という名前の曲を国歌として採用することを承認し、その日のうちに“Segundo Triunvirato(Primer Triunviratoの後身)”が各州に通知した。
しかし、この時点でメロディは劇場で使われていたものと同じだったためBlas Pareraに歌詞に合う新しい国歌のメロディ作成を作成することとなった。しかし、内務省のHPによればBlas Pareraはこれ以上に良いメロディを作ることができず、人気のあるメロディを繰り返す他なかったという。
1860年、ブエノスアイレスに初めて音楽学校を創設した同地の音楽家Juan Pedro Esnaolaが編曲し、オーケストラ演奏が可能な豊かなものとなる。
アルゼンチン国歌の基礎はここで完成するが、時代に流れに伴い歌詞の変更が行われる。
国歌完成時は敵国だったスペインだが時代とともに良好な関係となっていく。それに合わせ、スペインに攻撃的な内容だった歌詞が問題となり、スペインからクレームが来るようになる。そこで1893年、作詞家の孫であり内務大臣だったLucio V. Lópezは最後のスタンザのみを歌うことを決議まで持ち込む。
1900年3月30日、Julio Argentino Roca大統領によって、公的なイベントや州立学校では、最初と最後だけを歌う法令が可決。
1944年4月14日(24日という記述もあり)、これまで歌詞やリズム、ハーモニーなど様々な議論があったが政令10.302号が定められたことにより国歌の形が確定した。

EXCELSIOR

前奏だけで1分以上ある。

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元々ある9節全て演奏すると25分にもなる。

https://www.youtube.com/watch?v=VgvwVC5XEbk

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1910年に国歌制作の物語を描いたマリオガロ監督により「賛美歌の作成」という映画が作られた。
https://youtu.be/cHfUY620bsw

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初演がいつ行われていたかは多くの議論がある。1813年5月14日にMariquita Sánchez de Thompsonという女性の家で歌われたものが初演という証言が多く残っているが、公式の記録として残っていない。国立歴史博物館には、その時に使われたピアノが展示されている。記録としては5月25日ビクトリア広場でルフィノ・サンチェス学校の生徒たちによって歌われたものが残る。

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国歌は内務省が管理している。

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駐日アルゼンチン大使館のHPでは“アルゼンチン国歌は1813年1月31日に Asamblea del Año XIII において国歌として採択されました。”と紹介されているが、他の政府サイトと情報が異なる。

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作詞家は発表された歌詞に不満を抱いていたと息子は証言している。息子への手紙で「私が非常に嫌いな別のスタンザがあった」と書いていたという。

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政府は作曲家に200ペソを払い作詞家は何も請求しなかったと言われている。

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憲法での言及はない。

歌詞 日本語訳

聞け、人々よ、神聖なる叫びを、

自由!自由!自由!

聞け 鎖が切れる音を

見よ 尊き平等が王位に就くのを

最も栄誉ある王座は南部連合州に開かれた

世界の自由な人々は応える!

「偉大なアルゼンチン人、万歳!」

叶えられた栄光よ 永遠に

栄光の冠をかぶって生きん!

でなければ、栄光の中で死ぬことを誓う!

歌詞 カタカナ読み(製作中)

Oid Mortales, el grito sagrado:

¡Libertad! ¡Libertad! ¡Libertad!

Oid el ruido de rotas cadenas:

Ved en trono a la noble Igualdad.

Ya su trono dignísimo abrieron

las Provincias Unidas del Sud,

y los libres del mundo responden

¡Al gran Pueblo Argentino salud!

【CORO】
Sean eternos los laureles

que supimos conseguir:

Coronados de gloria vivamos,

¡o juremos con gloria morir!

国歌に関するリンク

【アルゼンチン “国歌の象徴”】
https://www.casarosada.gob.ar/nuestro-pais/simbolos-nacionales

【アルゼンチン 大統領官邸 “国歌の歌詞”】
https://www.casarosada.gob.ar/nuestro-pais/simbolos-nacionales/letra-himno-nacional

【アルゼンチン 文化省 “アルゼンチンの国歌の日”】
https://www.cultura.gob.ar/oid-mortales-el-grito-sagrado-9002/

【アルゼンチン 文化省 “マリキータ・サンチェス・デ・トンプソン”】
https://www.cultura.gob.ar/mariquita-sanchez-de-thompson-patriota-y-feminista_6763/

【アルゼンチン 内務省 “国歌”】
http://www.mininterior.gov.ar/asuntospoliticos/himno-nacional.php

【駐日アルゼンチン共和国大使館】
https://ejapo.cancilleria.gob.ar/ja/node/1419

【メンドーサ州教育ポータル DGE “Día del Himno Nacional Argentino”】
http://www.mendoza.edu.ar/11-de-mayo-qdia-del-himno-nacional-argentinoq/

【CEDOM “政令10.302号”】
http://www2.cedom.gob.ar/es/legislacion/institucional/simbolos/index2.html