マルタ共和国 国歌「マルタ賛歌」
マルタ共和国 国歌「マルタ賛歌」
タイトル
L-Innu Malti (読み方確認中) /マルタ賛歌
作詞
Dun Karm Psalia /確認中
1871年10月18日マルタ Żebbuġ生まれの国民的詩人。神学校で哲学と神学を学び、司祭となり教育者としても活動しながらイタリア語で詩を書き続けた。1912年1月、初のマルタ語新聞の創刊号でマルタ語の詩を発表。この時からこれまでイタリア語での執筆しかしてこなかったことを改めマルタ語での詩の制作に専念することを決め、話し言葉として使われていたマルタ語の発展に貢献した。1921年には国立図書館の司書補佐、1923年には循環図書館の館長となり引退するまで務める。1961年10月13日マルタ Vallettaで逝去。
作曲
Robert Sammut /確認中
1869年10月17日にマルタ フロリアナで生まれの医者。趣味でアマチュアオーケストラにも所属していた。1934年5月26日にマルタ スリーマで逝去。
生家はCASA LEONEとして知られており民間企業が管理している。
採用年
1964年9月21日
成り立ち
イギリスの植民地だったマルタではイギリス国歌が歌われていた。
第一次世界大戦終結後、マルタではナショナリズムが高まり、マルタ語の普及を目的とした活動が活発になる。そんな中、公立中学校の校長をしていたAlbert Laferlaはマルタ語を普及させるため、マルタ語の歌を子どもたちに歌わせることが重要だと考えていた。
1922年、Albert Laferlaは親戚でもあった医者で音楽好きだったRobert Sammutを訪ねた際に曲の制作を依頼。Robert Sammutは、すでに作曲していた作品をその場でピアノで演奏したという。数日後、Albert Laferla は楽譜の書かれた4枚のメモを友人のDun Karm Psaliaに渡し歌詞作りを依頼。そこで完成したのが現在の国歌だった。同年12月27日にマノエル劇場にて公の場で初めて演奏されたが、以降公で演奏される機会は少なく作詞家の証言では2回目に公で歌われたのは1928年ことだったという。Dun Karm Psalia はこの曲を学生のための歌にとどめておくのはもったいないと感じ、ミュージシャンや軍楽隊に演奏をさせるなど精力的に世間に発信した。
1939年から国際会議やサッカーなどの国際試合等で国歌として使われるようになり、1941年2月17日、政府が国歌として正式に発表。
1964年9月21日、憲法の制定によって正式に国歌となった。
EXCELSIOR
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憲法第一章4条で「マルタ国歌は“Lil din l-Art ]elwa 1-Omm li tatna isimha”で始まる“L-Innu Malti”」と書かれている。
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法律は確認できなかった。
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マルタ語で新聞「Il-Ħabib」の創刊号でマルタ語の詩を作るよう依頼されたDun Karm Psaliaだったが、彼はイタリア語を使って詩を制作していた。マルタ語での詩作りに難航する中、部屋に飾ってあった聖母の絵の前にひざまずいて、助けてくれるように頼んだという。その夜、“聖母像の前”というマルタ語最初の詩を完成させたという。
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毎年10月にDun Karm Psaliaに関するイベントが教育・労働省主催で行われる。
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2022年、国歌制定100年を記念したスピーチでベラ大統領は、歌詞は完全にセム語だが、ラテン語とイタリア語の文学形式に基づいて作られ、デザインされている。マルタ国歌には2つの偉大な文化が混ざり合っていると指摘した。
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コロナ禍において外出が制限されていた時期、マルタ大学はホームページでストレス発散に歌を歌うことをおすすめし、その中で「国歌を口ずさむのもいいよね」と書いている。
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イギリスの占領下にあった時代には何度か国歌を作る試みが行われたことが分かっている。現在分かっているものでは1885年の『Canto Patriotico』。また、1902年1月7日にロイヤル・オペラハウスで新しく作曲された詳細不明の国歌を演奏することが愛国運動団体から発表されたが、政府がオペラハウスの閉鎖を指示し実現はされなかった事件が報じられている。リハーサルで国歌を聞いた記者は「その場にいた人々は、シンプルで非常にキャッチーな音楽を賞賛せずにはいられなかった」と書いている。しかし、楽譜が販売されたが現存は確認されておらず、内容はもちろん、制作者も誰だったのか謎に包まれている。このようにいくつかの国歌候補が当時の政府の反発にあい歴史から消えていった。
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初演に関しては1923年2月3日という情報もあったが、調査が進み否定されている。
歌詞
Lil din l-art helwa, I-omm Ii tatna isimha,
Hares, Mulej, kif ldejjem Int harist,
Ftakar Ii lilha bl-ohla dawl libbist.
Aghti, kbir Alla, id-dehen lil min jahkimha,
Rodd il-hniena lis-sid, sahha ‘I haddiem.
Seddaq il-ghaqda fil-Maltin u s-sliem.
歌詞 日本語訳
歌詞 カタカナ読み
国歌に関するリンク
【government services and information “about malta”】
【government services and information “Ġieħ lill-Poeta Nazzjonali”】
【LEĠIŻLAZZJONI MALTA “CONSTITUTION OF MALTA”】
【University of Malta “Top 10 things to do during quarantine!”】
【University of Malta “95 sena mill-ewwel darba li ndaqq l-Innu Malti. Nazzjon”】
【University of Malta “Kif sar l-Innu Malti”】
【University of Malta “Dun Karm. (1947). Kif sar l-Innu Malti. Lehen il-Malti, 197-199, 14-15.”】
【University of Malta “When the Maltese national anthem was barred by closing the Royal Theatre”】
【TIMES OF MALTA “The amazing story of the first Innu Malti, 1901”】
【TIMES OF MALTA “Biography: (Dun) Karm Psaila”】
【Malta Independent “100 years of Malta’s national anthem, but how much do we know about it?”】
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