トンガ王国 国歌「トンガ諸島王歌」

トンガ王国 国歌「トンガ諸島王歌」

タイトル

Ko e fasi ʻo e tuʻi ʻo e ʻOtu Tonga確認中/トンガ諸島王歌

トンガ王室のホームページによれば、国民の間では『fasi fakafonua(national song)』と呼ばれている。

作詞

Uelingatoni Ngū Tupoumalohi /確認中

1854年8月3日トンガ生まれで、初代トンガ王で歌詞でも歌われるトゥポウ1世の孫。国章のデザインを行ったという話もあるが信頼ある情報は確認できなかった。1885年に逝去。

作曲

Carl Gustav Schmitt /確認中

トンガ語ではKarl Gustavus Schmittと表記される。
1837年12月9日、ドイツのフランクフルト生まれ。幼少の頃より著名な作曲家だった父から音楽を学びフランクフルト音楽大学に進学。19歳でオーケストラの指揮者を務めた。1859年3月28日、オーストラリアのシドニーからニュージーランドのオークランドへ移住(いつドイツからオーストラリアに移住したのか不明)。各地で語学や音楽教師を務めながら作曲や合唱団を設立した。1870年代にオーストラリアのタスマニア州に移住し、知事の副官兼音楽監督を務め1881年にニュージーランドのオークランドに戻ると、オークランド合唱団の指揮者に就任。1888年にニュージランドに帰化すると、設置されたばかりのオークランド・ユニバーシティ・カレッジ音楽科の教授に任命される。しかしこの任命は世間を騒がせ、新聞は彼を“社交界の音楽家”と蔑み、音楽の学位を持っていないと報じた。翌年、大学は彼を教授から講師に降格。学校は経営不振で何度も閉校の危機があり、彼の地位は安定しなかった。一方でヨーロッパの王族に多くの作品を作曲し評価されイタリアでは爵位を得るなど、複数の賞与を得ていた。
1900年3月22日ニュージランド・クリーブドンで逝去。

採用年

1874

法律“NATIONAL ANTHEM OF TONGA ACT”が施行された日は1974年10月29日だが、王室のウェブサイトでは1874年に初めて使用されたと書かれている。

成り立ち

立憲君主国宣言1年前の1874年、国歌を制作することとなり皇太子のUelingatoni Ngū Tupoumalohi作詞を行い、その詩に合わせてCarl Gustav Schmittが作曲し完成した作品が国歌となった。

EXCELSIOR

憲法での言及はない。

♪♪

1974年に施行された国歌法では歌詞と楽譜が掲載されている。

歌詞

【1】

ʻE ʻotua māfimafi

ko homau ʻeiki koe

ko koe ko e falalaʻanga

mo e ʻofa ki Tonga.

【2】

ʻAfio hifo ʻemau lotu

ʻaia ʻoku mau faí ni

mo ke tali homau loto

ʻo maluʻi ʻa Tupou.

歌詞 日本語訳

【1】

おお、全能の神よ

あなたは我らの主であり、真なる守護者

汝の民として、我らは汝に捧げる

そして、我らのトンガを愛し給え

【2】

我らの祈りを受け入れ給え

汝が我らの地を祝福していることを知っている

我らの切なる願いを叶え給え

神よ、我らが王、トゥポウを守り給え

歌詞 カタカナ読み

 

国歌に関するリンク

【トンガ王室 国歌”】
https://www.royalpalace.to/royal_history.php?section=anthem

【司法長官室 “NATIONAL ANTHEM OF TONGA ACT”】
https://ago.gov.to/cms/images/LEGISLATION/PRINCIPAL/1973/1973-0025/NationalAnthemofTongaAct_1.pdf

【TE ARA(ニュージーランド文化遺産省) “Story: Schmitt, Carl Gustav”】
https://teara.govt.nz/en/biographies/2s5/schmitt-carl-gustav

【ニュージランド国立図書館 “Uelingatoni Ngu Tupoumalohi (Prince), 1854-1885”】
https://natlib.govt.nz/records/22396281#

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