スロバキア共和国 国歌「稲妻がタトラの上を走り去り」
スロバキア共和国 国歌「稲妻がタトラの上を走り去り」
タイトル
Nad Tatrou sa blýska(確認中)/稲妻がタトラの上を走り去り
国歌を定める法律の付録no5楽譜には上記のタイトルが書かれている。
作詞
Janek Matúška/確認中
1821年1月10日スロバキアのドルニークビーン生まれの詩人、小説家、劇作家。1839年、ブラチスラバの福音教会に留学し学びながら、チェコスロバキア語学文学研究所の学生になり詩を書き始める。国歌の歌詞の元となった作品を作った時は23歳の時だった。1844年半ばに故郷へ戻り教育者となる。1848年から1年間スロバキアの民族運動を組織し活動。1851年から裁判所や役所の補佐役を務める。晩年は革命の失敗による喪失感で精神的に不安定になり結婚生活もうまくいかずギャンブルに溺れたという証言もある。1870年から5年間ドルニー・クビーンの裁判所書記官として働く。1877年1月11日生誕の地ドルニークビーンにて逝去し同地に埋葬された。
作曲
スロバキア民謡「Kopala studienku」を基に作成
採用年
1993年2月18日
成り立ち
ハンガリー王国時代、のちの国歌制作者Janek Matúškaが今のスロバキア首都ブラチスラバで留学していた時、学校が政府の圧力によってスロバキア語で詩を書くことを推奨していた教師をクビにする事件が起こった。1943年12月のこと。Janek Matúškaはこれに反対して教育委員会に何度も抗議するも聞き入れてもらえず学校を辞めてしまう。この時の大晦日に書かれたのが現国歌の歌詞になる「Prešporskí Slováci, budúci Levočania」。民謡「Kopala studienku」に合わせて歌うことを想定して制作され、同年3月5日に抗議活動をする学生たちによって初めて歌われた。この曲は抗議が若者の中で人気となり印刷され配布される。もともと6節あったが後に修正され4節となり、その1節がハンガリー王国から独立したチェコスロバキアの国歌『チェコスロバキア国歌』の一部として採用された。
1919年ハンガリー評議会共和国軍がスロバキアに侵攻しスロバキア・ソビエト共和国を建国すると国歌が『インターナショナル』に変更。
しかし翌年の1920年、奪還に成功し共和国憲法が制定されるとチェコスロバキア共和国が誕生。国歌は『チェコスロバキア国歌』に戻された。
1939年、スロバキア州がスロバキア共和国として独立すると国歌は『Hej, Slováci(スロバキア人よ)』になる。この国歌は現在のポーランド国歌『ドブロフスキーのマズルカ』のメロディに基づき制作された曲。
1945年にスロバキア共和国政府消滅するとチェコスロバキア共和国が復活。国歌も『チェコスロバキア国歌』に戻り、1960年に国名をチェコスロバキア社会主義共和国に改称されるも国歌は変わることがなかった。
1990年3月スロバキア社会主義共和国がスロバキア共和国に改称。1990年3月1日に『稲妻がタトラの上を走り去り』が国歌になる。しかし同年、国名がチェコおよびスロバキア連邦共和国に改称されると4月20日に施行された法律「チェコおよびスロバキア連邦共和国の国のシンボルについて」で“チェコ共和国の国歌とスロバキア共和国の国歌の最初の節で構成される”と定められ『チェコスロバキア国歌』が再び国歌に。
1993年 連邦解消法に基づき1月1日午前0時にチェコ共和国とスロバキア共和国に分離するとスロバキアが国歌に関する法律が2月18日に成立し『稲妻がタトラの上を走り去り』が国歌となった。
EXCELSIOR
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憲法では以下のように定められている。
第2章第8条
スロバキア共和国の国のシンボルは、国章、国旗、国歌、国歌です。
第2章第9条
(4)スロバキア共和国の国歌は、Nad Tatrou sa blýskaの最初の2節とする。
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法律「63/1993Collスロバキア共和国のシンボルとその使用について」では、国歌をNad Tatrou sa blýskaの最初の2節とすることや演奏する場所や時、歌詞、楽譜、違反した場合の罰則も定められている。
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学校では、楽器始めと終わりに歌うことが法下津で定められている。
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制作者の名を冠した小学校があり、その隣には記念碑がある。
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2021年には制作者の生誕100年を記念し硬貨が発行された。
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ナチスドイツ占領時代、国内で『稲妻がタトラの上を走り去り』の演奏は禁止された。Viktor Ullmannは自身の作品「ピアノソナタ7番第5楽章(5th mov of his 7th is piano sonata)」に禁止されたメロディを入れ込んで抵抗した。
歌詞
【1】
Nad Tatrou sa blýska, hromy divo bijú,
zastavme ich, bratia,
veď sa ony stratia,
Slováci ožijú.
【2】
To Slovensko naše posiaľ tvrdo spalo,
ale blesky hromu
vzbudzujú ho k tomu,
aby sa prebralo.
歌詞 日本語訳
歌詞 カタカナ読み
国歌に関するリンク
【Úrad vlády Slovenskej republiky “Štátna hymna”】
【National Council “Constitution of the Slovak Republic ”】
【Slov-Lex “102 / 1990Coll o štátnych symboloch Českej a Slovenskej Federatívnej Republiky”】
【Slov-Lex “63/1993 Z. z. o štátnych symboloch Slovenskej republiky a ich používaní”】
【Dolný Kubín “V Dolnom Kubíne vydali klip k hymne pri príležitosti narodenia Janka Matúšku”】
【Pravda “Autor textu slovenskej hymny Janko Matúška sa narodil pred 200 rokmi”】