サウジアラビア王国 国歌「サウジアラビア国歌」

saudi

サウジアラビア王国 国歌「サウジアラビア国歌」

タイトル

النشيد الوطني السعودي(確認中)/サウジアラビア国歌

作詞

إبراهيـم خفاجـي /確認中

1926年サウジアラビア・メッカ生まれ。同国を代表する作詞家。宗教学校やサウジアラビア初の無線学校で学び、無線監視の仕事につく。その後、保健省、財務省、農業省を渡り歩き1970年に引退した。仕事をする傍ら、作詞を精力的に行い有名歌手の作品も手掛ける。2017年11月24日メッカの病院にて逝去。

作曲

عبدالرحمـنالخطيـب /確認中

エジプト生まれの作曲家。

採用年

1984年7月1日

ラジオとテレビにて放送されたのが6月29日と7月1日と2説あるが、政府組織が発行した紙面の情報に則り上記とした。

成り立ち

サウジアラビア国歌の成り立ちに関しては不明な点が多い。情報の出自がはっきりしているものを紹介する。

【政府が発行した「الدلـيل المعرفـي للمحتوى التاريخي لليوم الوطني」より】
1946年、音楽家のعبدالرحمـنالخطيـبが国歌のメロディを作曲。これが現在でも使用されている。
このメロディに初めて詩がつけられたのは1958年。第2代国王サウード一世が避暑地ターイフの訪問を歓迎する歌詞として詩人محمد طلعــتによって制作された。以降、メロディのみが国歌として使用されていたが、第4代国王ハーリドが歌詞付きの国歌を作成する計画を提案したものの、1982年に国王が逝去したことで実現はしなかった。次代国王ファハドの治世中に計画が復活し、当時王太子であった、のちの第6代国王アブドラの提案により、詩人إبراهيـم خفاجـيが歌詞を制作。以前の国歌は「国王万歳」など国王を讃えるばかりの内容だったが、より普遍的に使用できる内容のものが作られた。
作曲家のسراج عمرが原曲を編曲し、ファハド国王に提出。 1984年7月1日、この曲をサウジアラビア国歌として承認する勅令が発布され、ラジオとテレビで公式に放送された。
(طارق عبد الحكيمが1950-60年代に1度目の編曲がされたという情報がある。誌上でも彼の名が出ているが詳細は書かれていない。)

 

【作詞家のإبراهيم خفاجيと、その息子のインタビューより】
それまで国歌が存在しなかった1947年、初代国王イブン・サウードがエジプトを訪問した際、エジプト最後の国王ファールーク一世から、のちの『サウジアラビア国歌』のメロディとなる音楽をプレゼントされる(第9王子で、当時防衛大臣だったمنصور بن عبد العزيز آل سعودがعبد الرحمن الخطيبに作曲を依頼したという情報もある)。曲を披露した際は作曲者のعبد الرحمن الخطيبがトランペットで演奏した。この曲は1950年に正式に王室賛歌として採用される。
音楽のみで歌詞がないまま使われていたが(今とは違う歌詞が一緒に制作されたという情報あり)、またもやエジプトきっかけで転機が訪れる。
国歌に歌詞をつけることを提案したのは第4代国王ハーリドだった。国王がエジプトを公式訪問した際(いつの訪問時か不明)、サダド大統領が開いたレセプションでエジプトの国歌を聞いた際に感名を受けたという。国王は同行していた情報大臣に「なぜ我が国の国歌には歌詞がないのか」と訪ね歌詞の制作を指示。大臣は王室賛歌の歌詞制作をإبراهيم خفاجيに依頼。6ヶ月で歌詞が出来上がった(息子の証言では国王の帰国から6ヶ月で書き上げたとしているが、ファハド国王の治世で依頼を受けたという情報もある。また制作期間も息子の証言では6ヶ月以内だが、6ヶ月以上かかったという話がある)
しかし1982年にハーリド国王が亡くなると国歌に歌詞をつけるプロジェクトは中止となる。しかし、1984年に次代国王ファハドが王の名前を書かないことを条件にプロジェクトを復活させた。恐らく歌詞は修正されたと思うが、確認できなかった。完成した歌詞はサウジアラビア人音楽家Siraj Omar Al-Amoudiに渡され、歌詞に合わせて編曲がなされたのが現在の国歌。
ラマダン終了を祝うイード初日の1984年6月29日にラジオとテレビで放送されたのが初披露となった。

EXCELSIOR

憲法に相当する統治基本法では国歌は法律によって定めるとしている。

♪♪

憲法から推測するに国歌に関連する法律があるようだが確認できなかった。

♪♪♪

1946年に制作された詞

يعيش ملكنا الحبـــــــــــــــيب

هيا اهتفوا عاش الملـــــــك

اهتفوا ورددوا النشيــــــــــد

أرواحنا فداه حامي الحرم

هيــــــــــا ارفعــــوا راية الوطـن

يعيــــــــــــــــــــــــــــــــش الملــــــــــــــك

♪♪♪♪

طارق عبد الحكيم(Tariq AbdelHakim)詳細。
1920年(1918年など諸説ある)、サウジアラビア・タイフ生まれ。小学生の時に父親が急死(家族を残しイラクに移住したという情報あり)し親戚のもとで野菜や果物を売って過ごす。その後、商人の会計士として働く中、店に野菜を買いに来た将校に軍の入隊を勧められ入隊。そこで伝統楽器ウードを知ることになる。50年代には軍楽隊の設立を目的にエジプトで音楽を学ぶメンバーとして選ばれ、帰国後はサウジアラビア軍楽隊設立に尽力。その後もサウジアラビア音楽界の重鎮として活動した。2012年2月21日エジプト・カイロで逝去。

歌詞

سارعي للمجد و العليا

مجدي لخالق السماء

و ارفعي الخفاق أخضر

يحمل النور المسطر

رددِ الله أكبر ياموطني

موطني قد عشت فخر المسلمين

عاش الملك للعلم و الوطن

歌詞 日本語訳

 

歌詞 カタカナ読み

 

国歌に関するリンク

【دارة الملك عبد العزيز “الدلـيل المعرفـي للمحتوى التاريخي لليوم الوطني”】

【Vison2030 “History & Heritage”】(アーカイブ)

【SPUTNIK “وفاة مؤلف النشيد الوطني السعودي”】

【alarabiya “نجل إبراهيم خفاجي يستعيد ذكريات إطلاق النشيد الوطني”】

【Aljazeera “إبراهيم خفاجي.. واضع النشيد الوطني السعودي”】

【Al-Riyadh “بائع الخضار.. طارق عبدالحكيم مسيرة رائدة ومواقف خالدة وسلام ملكي”】

【Alriyadh “قصة النشيد الوطني..”】

関連記事

宗教と国歌