アメリカ国歌 多言語に翻訳されていた 公式にスペイン語 なんと日本語版も

2020年4月14日、ユーチューブにスペイン語版『星条旗』というのがアップされました。

タイトルは星条旗を意味する『El Pendón Estrellado』。コロナウイルスの被害にあっているヒスパニック系を応援しようとアメリカの公平性、多様性、包括性化を目指す非営利団体によって録音されました。歌い手は才能のある歌手を発掘する人気番組『The Voice』のスペイン語版で2019年に優勝したJeidimar Rijos。

ヒスパニック系は接客業など感染確率が高い分野や清掃業などテレワークが出来ない仕事での被雇用者が多く、財政的に十分な医療を受けられない状態の人が多いコミュニティの一つだと言われています。実際にヒスパニック系およびラテン系アメリカ人は最大の無保険グループです。今回のスペイン語版国歌の発表は最前線で働く彼らへの敬意を表すことを目的にしています。

公式以外の言語で国歌が歌われアップされることはそれほど珍しいことではないですが、調べるとアメリカ政府が公認した歌詞で歌っているとのこと。『星条旗』の歌詞は英語版しかなかったはず・・・

 

スペイン語版『星条旗』が生まれた歴史背景

誕生したのは第2次世界大戦中の1945年。当時の大統領フランクリン・ルーズベルトはヨーロッパ勢力による南米への影響力を抑えようと『善隣政策(Good Neighbor Policy)』という南米諸国との友好体制確立に力を入れていました。この政策により、大戦中多くの南米諸国は連合国側についたと言われています。内政干渉を抑えるなど政治的なことばかりではなく、ウォルト・ディズニーを南米に派遣し映画を制作させるなど文化的な融和政策を行いました。その政策の一環として行われたのが星条旗スペイン語バージョンの制作です。

誰がどの様に選ばれ作成したのか

それまでスペイン語訳がなかったわけではありません。学者や専門家ライターなどから提供された情報を発信しているThoughtCoを見れば幾度も翻訳が行われたことが分かります。しかし、英語をスペイン語に翻訳すると少なくとも1.5倍の長さになる傾向があるため大変な作業だったようです。

ThoughtCo『‘The Star-Spangled Banner’ in Spanish

そんな星条旗スペイン語Verのコンテストがルーズベルト政権下で行われました。これまでと違っていたのはただ翻訳するのではなく、できるだけ歌詞やメロディがオリジナルに近いバージョンで作成することが目標とされたこと。

そんな高いハードルがある中で国務省が選んだのはニューヨーク在住のペルー系アメリカ人作詞作曲家Clotilde Ariasの作品でした。彼女はフォードやIBM、コカ・コーラなど名だたる企業とスペイン語市場キャンペーンの広告ジングルを手掛けていた人物。完成した翌年の46年にはClotilde Ariasに対して政府は翻訳料として150ドル(2020年1月現在で2100ドル相当)を支払っています。結構安い・・・

国立アメリカ歴史博物館を運営するスミソニアン協会によれば「歌われることが許可された唯一の公式翻訳国歌」とのこと。同博物館で彼女の特別展が行われた際に、展示会場でスペイン語版星条旗が合唱団によって歌われたのですが、団員によれば「英語の歌詞、音楽のタイミングに忠実だったので歌うのは簡単」だったようです。選ばれたことにも納得。合唱団の歌声はこちらで聞けます。

BBC『From star-spangled to estrellado: US Anthem translator celebrated

アメリカ国歌はスペイン語版だけでなく日本語版も

彼女が残した星条旗スペイン語バージョンは現在10パターン残されており、その一部はワシントンにある国立アメリカ歴史博物館に展示されています。また下記サイトでも彼女の翻訳と直筆のメモを見ることが可能。残念ながら当時の音は残っていないようです。

スミソニアンマガジン『At American History, Meet the Composer of the Spanish Language National Anthem

スミソニアン協会の学芸員マーベット・ペレスによればユダヤ語、ドイツ語版、そしてなんと日本語版もあるとのこと。しかしこれらの言語での星条旗はうまくいかなかったようです。

日本語版は気になります!

なのですが、日本語版歌詞を探すも見つからず・・・

歴史に埋もれたスペイン語版 星条旗

残念なことにスペイン語版星条旗が広まらなかったようです。各国に設置された公使館への配布が決まっていたものの、当初の目的であった南米での演奏が行われた記録がない。アメリカ国内でもスペイン語版が広まることで、アメリカ社会に亀裂が生まれることが危惧され広まらなかったと言われています。現在でもこの動画の反応は様々で「英語が話せないやつがアメリカにいるな」など否定的なコメントも少なくありません。

今回の動画を作成したWe Are All Human Foundationの創設者兼CEOのClaudia Romo EdelmanはTIME誌のインタビューで「広まらなかったことはアメリカでヒスパニックの完全な認識がかつてなかったことの象徴」と分析し、今回の動画が「アメリカ社会でのヒスパニックの貢献がよりよく見られ、聞かれ、評価されるようになる」ことを望んでいると答えています。

1964年の公民権法の成立により人種差別撤廃やマイノリティへの機会平等化が徹底され、ダイバーシティ発祥の地とも言われるアメリカ。75年前に受け入れる事ができなかったこの国歌を今回は受け入れることが出来るだろうか。時代は変われど同じ問題を抱え続けるこの国の残酷な現実を浮かび上がらせる。しかしこれはアメリカだけの問題ではありません。”多様化”という言葉が聞かれるようになって久しい日本でも人種差別は年々顕在化しています。「国籍とは」「国民とは」私達が考えなければならないテーマを表舞台から姿を消さなければならなかったスペイン語訳星条旗が教えてくれています。