ワリフ ハラビ シリア・アラブ共和国代理大使インタビュー 前篇
私たちは外国を日本からでしか見ることが出来ません。
それは時に誤解を生みます。
逆にいえば、
「捕鯨が食文化として認められるのが当たり前だ」
と日本国内では言われますが、
アメリカに調査捕鯨停止を求め制裁が行われたり、オーストラリアには国際司法裁判所に提訴されたりと捕鯨に関して国際的に日本は悪者です。
ではシリアはどうでしょうか?
大使館でのインタビューの意義は
“日本から見た海外”
ではなく
“海外(自国民)から見た海外(祖国)”
を知ってもらうことです。
外からでは見えにくい その国の魅力や情報、国に対する想いを伝えたいと思います。
今回は“シリアから見たシリア”です。
シリアというと、怖い国というイメージを持つ人もいるようですが、そんなことは無いと思います。
シリアというと、イスラム教国家というイメージがあったのですが、どうやらそうでもないようです。
シリアというと、内戦中というイメージがあったのですが、それが正しいかというとそうとも言えないかもしれません。
前篇後編に分けてお届けします。
看板が目印 シリア大使館
六本木駅から徒歩15分程、正面に
シリア・アラブ共和国大使館
の文字と矢印が書かれた看板が見えた。
なんと大使館への案内看板。看板がある大使館は初めてです!
路地に入ると正面に大使館がお目見え。
一軒家を想像していましたが3階建の立派な建物です。
インターホンを押し、職員の方に解錠してもらい扉を開けるとちょっとしたお庭が。
その先にまた扉。そこでもインターフォン。押すと男性職員の方が扉を開けてくれました。
「へロー」
笑顔で迎え入れられちょっと安心。
ってか
扉の内側が金ピカなんですけど!
2階の大使の部屋へ案内され扉を開けると真っ赤なワンピースを着た大使が出迎えてくれました。
「ようこそ。どうぞ座ってください^^」
歴代で最も素敵なシリア大使?
今回、インタビューに応じてくれたのは
ワリフ ハラビ シリア・アラブ共和国代理大使。
「コーヒーや紅茶など何か飲みますか?シリアスタイル珈琲もありますよ」
と大使。
迷わずシリアスタイルの珈琲をお願いしました。
中東ではコーヒーとスパイスを一緒に煮たものを濾して飲みます。
最初は慣れない味に戸惑う人もいるかもしれませんが、一度飲めば癖になる味。
出して頂いたコーヒーにはカルダモンが入っているんだとか。
「シリアの写真をお見せながら国を紹介する事も出来るので、必要なら言ってくださいね」
ととても親切なハラビ大使。
大使は物腰が柔らかく英語が苦手な筆者に分かりやすくゆっくりと話してくれます。
同大使館で15年以上働く女性職員の方に大使の事を聞くと
「ハラビ大使は私が今までお会いした大使の中で一番素敵な方ですね。
彼女が国に帰る時はきっと泣いちゃいます」
という話からも彼女がいかに素敵な人物なのかが分かります。
怖い国!? シリアってどんな国?
―シリアに行ったことがあるというと「危なくなかった?」とよく聞かれます―
日本の方はシリアに対して間違ったイメージをお持ちなんだと思います。
例えば、とあるイベントで日本人の方々が当館に訪問するということがありました。
当日、私が窓から外を見ると、参加者の皆さんがスカーフを付けようとしてなかなか大使館に入ってこないんです。
私は窓を開けて2階から
「必要ありませんから早く来て来て!」と言ったんです(笑)
なぜ皆さんがそのようにしていたのかというと、イベントの注意事項に
“シリア大使館に行く際は出来るだけ頭にスカーフを付けてください”
と書いてあったからだったんです。大使館からそのようなオーダーはしていません。
私は憤りを感じました。
もちろん必要な国はありますがシリアではスカーフが無くても問題ありません。
自由な国なんです。
そういった間違った情報が出回っていることは好ましくありません。
―イスラム教徒の国だと思われがちです―
北から南までシリアには沢山の世界遺産、またはなりえる歴史的な建物があります。
それはなぜでしょうか?
歴史的にシリアと言われる地域はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教発祥の地でもあります。
そのため異なる宗教、キリスト教徒やイスラム教徒、ユダヤ教徒、コプト教徒が混在してきました。
そして民族、アラブ人やクルド人などミックスされ文明や文化が形成されたからです。
シリアは本当にモザイクのようです。
私たちは良い調和の中で常に共存してきた歴史があります。
私たちに争いはありませんでした。
宗教や宗派に分け隔てなく共存してきました。
先ほど申し上げた歴史的な建物が国内各地に残っているのはその証拠なんです。
およそ7000年もの間共存してきたわけですね。
―シリアには状態の良い遺産がたくさんありますね―
国全体が博物館なんです。
法律で古い建物は残さなくてはいけないと定められています。
その決まりが、シリア全体を博物館にしました。
歩けば私たちの歴史を発見することが出来ます。
―首都のダマスカスも世界遺産ですよね?―
そうです。
周りを城壁が囲まれた旧市町は紀元前12世紀頃に作られたもので、1979年に世界遺産に登録されています。
ダマスカスは人が住み首都として機能していた世界最古の町だということはご存知ですか?
もちろん、もっと古い都市の遺跡はシリア国内にありますが首都としてはダマスカスが世界最古です。
首都が世界遺産になっているのは、シリアが国を挙げて遺産を守ってきた証拠。
そして大使が先ほど仰ったように様々な宗教や民族が共存してきた歴史も
世界遺産の存在が証明してくれます。
ダマスカスから56キロ離れた山中にマアルーラという町があります。
この町に住む人々の大半がキリスト教徒です。
そして彼らはイエス・キリストが使ったとされるアラム語を今でも使用しています。
町の名前“マアルーラ”は“入り口” を意味します
言い伝えによれば、紀元1世紀、キリスト教徒となった聖テクラは父親の差し向けた兵に追われてこの山に逃げてきました。
父親はユダヤ教徒だったので娘がキリスト教徒になったことを許せなかったんですね。
逃げる途中で山が立ちはだかります。しかし彼女が祈ると山が割れて開いたんだそうです。
彼女はその開いた道を通ることで逃げることができました。
マアルーラには、山が割れて出来たと伝えられる道が今でも残っています。
またマル・サルキス聖サルキス修道院、やマル・タクラ聖テクラ修道院という
2つの歴史的修道院がある町でもあり多くの人が訪れていました。
モザイクが生み出すシリアのハーモニー
大使が様々な宗派や民族が入り混じった自国を“モザイク”と例えたのが印象的でした。
シリアの隣国レバノンは “モザイク国家”と呼ばれていますが、それは良い意味ではありません。
“さまざまな人種・民族・宗教をもつ集団が入り交じって融け合わない状態の国”
(大辞泉)
小さな欠片が混ざり合わずにいる状態から“モザイク”という言葉が使われているんだそうです。
しかしシリアで見られるモザイクはそれと同じではありません。
シリア各地では美しいモザイク画や伝統工芸品を見ることが出来ます。
これらは欠片1つ1つが役割を持ち、大きな一つの作品を生み出しているのです。
シリアという国も同じなのではないでしょうか?
異なる民族・宗教が互いに影響しあい偉大な文化を築き上げてきました。
過去そうであったようにこれからもそうであり続けてほしいと思います。
後編では騒乱によって、これらの史跡がどのような被害を受けているのか。
また政府軍が奪還したアレッポ。この町をコントロール下に置くという事はどんな意味があるのかなど、
日本ではあまり報じられないシリアの話をお聞きします。
インタビュー後半はこちら
ワリフ ハラビ シリア・アラブ共和国臨時代理大使 略歴
ダマスカス生まれ。
ダマスカス大学にて英文学で学士号、教育心理学で終了証を取得。
イギリスのオックスフォード大学、アメリカのロングアイランド大学院で政治学を学ぶ。
1991年に外務省入省。
外務省本省、在ウィーンシリア大使館、国連シリア政府代表部などを経て
2013年、駐日シリア・アラブ共和国代理大使に就任。
母語のアラビア語や英語はもちろん、フランス語やドイツ語も使いこなすマルチリンガル。