映画大国インド 映画館で国歌演奏義務化へ

“ボリウット” 世界屈指の映画大国インド

「おーーーーーー!!」

劇場内に指笛と歓声が鳴り響いた。

インド・ムンバイ。

ボリウットで知られるインドの映画館には活気がありました。

年間の制作本数はおよそ1700本とハリウットの倍以上。

そんな国の観客たちは感情を上映中に自由に表現することを許されていました。

笑いたい時は大声で笑い、キスシーンではロマンスに浸る者もいれば、指笛をならして茶化す人も。

日本では考えられない光景です。

作品で使われている言語が理解できない筆者でしたが、そんな映画館の雰囲気が好きで劇場に何度も足を運んでいました。

まさに“ニューシネマパラダイス”です。

館内には一体感の様なものがありました。

日本の映画館では隣に自分の存在を主張してはいけません。

静かな空間でとても集中して映画を見ることが出来ます。ヒューマンドラマを見る時などは映画の世界観に浸りたいものです。

ただ、神経質になりすぎている所もあるようです。

何かの記事で読んだのですが、全盲の方が映画を見に行った際、

内容を理解するため一緒に行った友人に映画のストーリーを教えてもらいながら観賞していたそうです。

すると隣で見ていた人から

「静かにしなさい」

と注意を受けてしまったという記事がありました。

注意する前に相手を見ることが出来なかったのでしょうか?

何を話しているか分からなかったのでしょうか?

話している内容が分かれば容易に想像ができたはずです。

一方、インドにある多くの映画館ではそういった静けさはありません。

あそこまで自由に映画を見ることが出来る雰囲気には嫉妬すら感じます。

コメディやミュージカルとの相性バッチリ。

 

劇場での国歌演奏の義務化

そんな映画大国インドの最高裁が11月、全ての映画館に対し以下の決定を下したと発表しました。

 

上映前に国歌を演奏する。

演奏中は出入り口を閉鎖し、スクリーンには国旗を映し観客は起立しなければならない。

 

この決定に従い12月6日までに全ての映画館で義務化されました。

以前、ムンバイで起こった不起立者への暴行事件についてはイノベーションズアイでも書きました。

起立しないのは不敬か ~インド・ムンバイ~

愛国心の向上が目的とされていますが、表現の自由に影響が無いかと現地では心配がされています。

12月12日、初めての逮捕者が出ます。

ケララ州トリバンドラムで行われた国際映画祭の会場で、上映前に国歌が流れました。

その際、起立しなかった男女12人が起立命令に従わなかったとして地元の警察に逮捕されます。

すぐに釈放されましたが、罰金を科せられる可能性が高いとの報道がされていました。

 

規制から始まる心の萎縮

国歌斉唱の義務化というのは議論すべき事ですが、考えなくてはいけないのはその先の事でしょう。

規制は秩序を作る人間社会においてとても重要なものですが、その一方で自由を奪います。

そしてその規制が時に人の心を萎縮させ“許す”という感情を追いやります。

そうなった時、規制を守れない者に対する制裁は破った代価以上の物を求めるようになります。それが今の日本です。

アメリカでもそうです。先日トランプ次期大統領を批判したラジオパーソナリティが殺害予告を受けました。

意見が言いにくい社会が生まれてしまっているのです。

世界全体がこのような傾向にあるのではないか。

インドでもその兆候が出ています。

逮捕者が出た前日、

商業都市チェンナイでは市内の映画館で男女7人が国歌の最中に起立しなかった事に不満を抱いた集団に暴行を受ける事件が発生しています。

起立しなかったことで集団暴行を受けるいうのは異常です。

最初は国歌を歌うというだけの決まりが、いつの間にか様々な場面に飛び火してしまうのではないかと心配です。

人の心を狭くし“許す心”を失わせてはしまわないだろうか。

インドは多民族国家です。

様々な文化を持つ人々が共存できるのは相手を受け入れる寛大な心が成せることなのではないでしょうか?

インドにはそれがあります。

映画館はその象徴の一つでもありました。

筆者がインドに行ったのはおよそ10年前。

あれから更に経済発展を遂げたインドの町並みは大きく変わっているかもしれません。

あの古びた雰囲気が良かったのですがそれが減っていくのは避けられないことです。

でも、あの映画館で感じたインドの自由さと寛容さは失ってほしくない。

次訪問し映画館に行った際、あの自由に表現できる空間が残っていてほしい。

そう思います。

 

国歌斉唱や起立の義務化は愛国心を育てるのか

世界を見れば国歌斉唱時に起立しなければいけないと決められた国は少ない。

しかし多くの国で“慣例として”立ち上がり自国の国歌を歌うことが多いのは事実です。

彼らは立ちあがることが当たり前だと思って起立します。

とある大使館で国歌について取材で「国歌を歌う時に立ちあがりますか?」

と尋ねた時

「当たりまえですよ。それは当然のことです!!」

と筆者の質問に驚きながら答えた人がいました。

国歌斉唱時に立ち上がるというのは自国に敬意を示すためです。

立ち上がる国の方々は自発的に立ち上がるのであって強制的に立ち上がるわけではありません。

私は強制的に立ち上がらせることに違和感があります。

立ちあがらせたい人は国に敬意を払ってほしいという想いで主張しているわけですが、強制が愛国心を生むとは思えません。

「まず、起立を義務化させて愛国心を育てる」

という人がいますがそれはどうでしょうか?

日本の君が代には他国に無い複雑な歴史があります。

それを無視して起立を義務化させることこそ国歌を軽視しているように思えるのです。

強制は愛国心を育てません。

日本人には十分愛国心がある。

それでも国歌斉唱時に立ち上がらないのは君が代の歴史、しいては日本の歴史があやふやに処理されてきたという証拠なのだと思います。

”強制”や”義務”という言葉に強い嫌悪感を持つ日本人にとっては受け入れがたいことです。それは先の大戦の反省からでしょう。

インドも同じです。彼らには愛国心がありますし大国のプライドもあります。

それでも、今回のような問題が起こるのは“義務化”ということへの反発があるからです。

出来れば内なる愛国心から自然と立ち上がり歌えるような社会になってほしい。

しかしそれだけではなくて

立ち上がらない人を受け入れる寛容さがある社会になることが大事なことなのではないでしょうか。

様々な人種が共存することが求められる社会においてとても重要なことだと思います。

皆さんはどう思われますか??

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