コロンビア共和国 国歌

概要

タイトル

Himno Nacional de Colombia(ヒンノ ナショナル デ コロンビア)/コロンビア国歌

作詞

ラファエル・ヌニェス

作曲

オレステ・シンディチ

採用年

1920年

 

成り立ち

作詞をしたラファエル・ヌニェスは、大統領を4度務めたことで有名な人物。ユニークなのは作曲をしたイタリア人のオレステ・シンディチ。歌詞を与えられ曲をつけてほしいと依頼をされたが当初は渋っていたという。そこで後押ししたのがフランス人の妻ジャスティナ・ヤナウだった。彼女無くして名曲は誕生しなかっただろう。依頼を受けて数カ月で曲を完成させ、後に夫婦で国籍をコロンビアに変えた。ちなみにオレステは国歌を作るつもりで作曲をしたわけではない。なぜ渋っていたのかは現在調査中。

初演は1887年7月24日に教会の集会の後、ニロにある公園にあったタマリンドの木の下で行われた。正式なデビューはボゴタのサンタクララ公立学校が所有していたTeatro de Variedadesでカルタヘナの独立宣言をした1887年11月11日に行われたもの。カルタヘナはシモン・ボリーバルがスペインへの徹底抗戦を誓うカルタヘナ宣言を発表した場でもある。

正式に法律として国歌採用されたのは1920年と初演から時間を要した。

 

 

コメント

「Marcha Triunfal」と「HimnoPatriótico」という非公式名が国歌を指す名として度々使われる。

全部で11節だが全て歌うと17分かかる超大作なのでコーラスと第1節が歌われることが多い。

小学校と中学校で国歌について学び、国歌に関する歴史、歌詞、意味、構成に関するテストもある。そのため当然のことながら全ての国民が国歌を歌える。

法律ではアレンジが禁止されており1946年7月4日の判決で1963年に採択された正式版(JoséRozo Contreras版)を歌われなければならないとされた。

ユニークなのは1995年には制定された国家のシンボルに敬意を示さなければならないという趣旨の法律(198)。

第3条:学生は一週間に一度は国歌を歌わなければならない

第8条:午前6時と午後6時に国歌を放送することが全ての放送局(24時間流す放送プログラムが長い局)に義務付けられ、短い放送プログラムの局は、就業日の始めと終わりに国歌を放送しなければならない

と定められた。

国歌からは少数民族の権利を大事にする同国の姿勢が見える。1982年から1986年まで大統領を務めたBelisario Betancur氏が任期中にサンアンドレス島の先住民族および先住民族に自国の言語で国歌を歌うことを認めた。そのため歌詞はスペイン語だけでなく、Nasa Yuwe、Huitoto、Wayuunaiki、Ikunなどの先住民の言語と英語バージョンもある。

国内には国歌の内容に疑問を持つ人もいるようだ。暴力的な部分や特定の宗教を連想させる部分が問題だとして訴訟が起こった。しかし、コロンビアの憲法裁判所は「国歌は100年以上前に作曲された古典的かつ比喩的な歌詞であり、コロンビア人の国家の独立を得るための英雄的行為を順番に思い出させるために表現された哲学的、歴史的、愛国的な意味を超えていない」と判決を出し訴えを退けている。

著作権はコロンビア内務省内にある国家著作権管理局(National Directorate of Copyright)が管理。

歌う際は右手を心臓に当てるのが一般的。

「コロンビア砲兵の儀式で11節、騎兵は6節、4節は海軍が歌う」と記載しているサイトを見たことがあるがこれは間違い。部門に関係なく1節が歌われる。

 

歌詞日本語読み

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