アルジェリア民主人民共和国 国歌

概要

タイトル Qassaman(クァサマーン)/誓い

作詞 ムフディド・ザカリア

作曲 ムハンマド・ファウジ

採用年 1962年

 

成り立ち

1830年よりフランスの植民地だったが第一次世界大戦後独立運動が活発化。

1954年にはアルジェリア民族解放戦線が結成され独立戦争が始まる。

100万人を超える犠牲者を出したアルジェリア戦争のさなかこの国歌が生まれた。100万人といえば和歌山県の人口とほぼ一緒。

戦いの激しさを感じさせる。

そんな戦乱のさなかだった1956年にこの国歌の歌詞は出来た。書いたのはアルジェリア人のムフディド・ザカリア。

首都アルジェにある Serkaji ex-Barberousse刑務所にフランス植民地の軍隊によって政治犯として投獄された際に活動仲間に依頼されて執筆。この刑務所は現在博物館になっている。

証言によると、鉛筆や紙がなかったため牢獄の壁に自らの血で書いたと言われており、

いかに作者の祖国に対する想いが歌詞に込められているか伺える逸話だ。

現在、彼の功績を讃え、同名の空港ガルダイア – ヌメラ – ムッフディ・ザカリア空港が中部のガルダイア県にあったり、学校や通りがある。

さらに肖像画は記念切手にもなっているほど国民から尊敬されている。

チュニジアで亡くなったが、遺体はアルジェリアに埋葬された。

曲は当初、チュニジアの著名な作曲家Mohamed Trikiによって作られたがあまり評判がよくなかったらしい。

そこでエジプトの作曲家モハメド・ファウジによって曲が作られ、1962年7月5日の独立の国歌になった。

こんな生い立ちから国民が国歌に抱く想いは強い。

 

 

コメント

「殲滅の稲妻」「火薬の破裂音をリズムとし」「マシンガンの発射音をメロディに」など

独立戦争のさなかに作られた歌詞だけあって激しい言葉が並ぶ。

勇ましい歌詞が多い国歌の中でも戦争色の強い国歌の一つ。

首を振ってリズムを刻みたくなるような曲で眠気覚ましにも最適! ミッキーマウスマーチに聞こえるという声もある。

他国に積極的に門戸を開いていないだけにイスラム文化が色濃く残る。

紳士的な人が多く親切。著者が行った際には観光先進国にあるようなぼったくりも皆無でいい思い出しかない。

歌う際は起立し右手を左胸に当てて歌う。

歌詞日本語読み

クァサマーン   ビンナジ  ラティマヒクァート
ワッディマー   インザキ   ヤッティタヒラート
クァサマーン   ビンナジ  ラティマヒクァート
ワッディマー   インザキ   ヤッティタヒラート
ワルブヌードィラミ  ア゛トゥリハフィクァート
フィリジバリ   シャミハトゥ  シャヒクァート
ナハヌ  スゥルナ  ファーハヤートゥン  アウママート
ワーア゛クァッドナ  ア゛ズマ  アンタヘヤルジャザーーエル
ファシャドゥ  ファシャドゥ  ファシャドゥ

 

こんな時に聞きたい

元気になりたい 眠気を吹き飛ばしたい

【残席5】大使館で国際交流 ニカラグワじゃないよ、ニカラグア編

その国を知り、その国の料理を食べ、その国の方(外交官)と交流し、その国の国歌を歌って、楽しく様々な国の魅力を知ろうというイベントです!
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会場は複数の大使館が入るKOWAビル内にあるラテンアメリカサロンで開催します。

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~イベント詳細~
【日時】 
2019年11月8日(金) 
18:30~21:30(開場18:00)
遅れてご参加の場合事前にお知らせください。
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【場所】 
ラテンアメリカサロン(ニカラグア共和国大使館と同じ建物)
(東京都港区西麻布4丁目12−24 興和ビル8F)

【参加資格】
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