国歌に託したネルソン・マンデラの理念が揺れている ~南アフリカ共和国~

南アフリカの理念を揺らすEFFスポークスマンの発言

今月24日、南アフリカ共和国の政党の一つ”経済的開放の闘士(以降EFF)”のスポークスマンの声明が波紋を広げています。EFFは2013年に成立し、反資本主義を掲げ若い黒人層からの指示を急激に伸ばしていて、鉱山の国営化を訴えるなど社会主義路線の政党です。

「国歌にある”南アフリカの呼び声”のパートは抑圧と屈辱の遺産だ。我々はそれを国歌として誇りには思えない」

いったい、スポークスマンの言葉は何を意味するのでしょうか。そこには南アフリカ共和国の父と呼ばれるネルソン・マンデラの理念が大きく関係しています。

”南アフリカの呼び声”ってなに?

1994年にネルソン・マンデラが大統領に就任するまで、同国ではアパルトヘイト政策と呼ばれる白人優先の人種差別政策が行われ、少数派の白人が経済や政治などの要所をおさえて国を動かしていました。そんなアパルトヘイトを行っていた時に使われていた国歌が”南アフリカの呼び声”です。

2つの歌を5つの言語で歌う国歌

南アフリカ共和国の国歌『南アフリカ国歌』は2つの歌を一つにまとめ、5つの言語で歌われるという他では見られないユニークな歌なんです。”南アフリカの呼び声”は国歌を構成する歌の一つ。南アフリカの公用語として使われているアフリカーンス語、英語で歌われます。アフリカーンス語はイギリスが植民地にする前の宗主国オランダの母国語、オランダ語が独自のなまりを持って出来た言語。アフリカーンス語も英語も元宗主国の言語で、この歌は現在国歌の後半に歌われます。EFFは国歌斉唱時、白人優先社会だった時代の国歌を認めないという意思表示として後半部分を歌わないでいます。

ネルソン・マンデラの思いが強く反映された曲

では前半部分はどんな歌なのでしょうか。

のちに大統領となるネルソン・マンデラがアパルトヘイト政策反対運動を行っていた際、彼が率いた団体のシンボルとして歌われていたのが”神よ、アフリカに祝福を”。これが現国歌の前半部分に、コサ語、ズールー語、ソト語という主に黒人が古くから使っている言語で歌われています。

前半は黒人たちの”神よ、アフリカに祝福を”後半に白人社会で歌われた”南アフリカの呼び声”。この相容れない成り立ちを持つ歌がなぜ一つの歌として歌われているのか。大統領となったネルソン・マンデラは一つの問題にぶつかります。それはアパルトヘイト政策によって確執が決定的になった白人の黒人の関係。もし白人を排除すれば黒人の不満は解消されるかもしれません。しかしそんなことをすれば経済や政治の要所を担っていた人材を失い国の損失は計り知れない・・・実際、白人排除を行ったジンバブエは経済破綻をしてしまい現在も経済の建て直しが出来ていません。そして何よりも南アフリカに住む白人たちは占領者ではなく、南アフリカ生まれの、れっきとした南アフリカ人ということです。

そこでマンデラは白人、黒人の共存の道を選びました。彼は大統領就任演説でこのように国民たちに語り掛けました。

「私たちは1つの契約を結んだ。黒人も白人も、全ての南アフリカ人が胸を張って歩くことができ、何も恐れることなく、人間としての尊厳についての不可侵の権利が保障される国。国内でも外国とも平和な”虹の国”を築こうという契約を」

黒人たちが歌っていた歌と白人中心社会で歌われていた国歌をひとつに編曲することで、人種間を越えた国民の融和、”虹の国”の実現という希望を国歌に込めたのです。

”虹の国”が揺れている

後半部分を国歌として相応しくないとするEFFの党首、ジュリアス・マレマは白人へのヘイトスピーチを行ったとして有罪判決を過去受けたことがある人物。そんな人物が率いる政党の議席数が多くは無いですが少しずつ増やしているというのは気になります。以前、パレスチナで6人の南アフリカ人に国歌を歌ってもらったことがあります。彼らは偶然この地で会った人たちで、白人、黒人、インド系と人種がバラバラで性別も年齢も違う人たちでした。そんな彼らに人種を意識しているようなところはありません。大声で自信を持った歌声からは自国への敬意を感じることが出来ました。そして民族融和の実現をうたう国歌に誇りを持っていました。

今回のEFFの発言は南アフリカ国民の極々一部の動きであることは間違いありません。しかしこういった発言が出る社会があるという事は、民族融和の実現はまだ道半ばのようです。

民族融和の想いが込められた国歌

人種間での争いが絶えない人類の歴史においてとても意味のある歌なのではないでしょうか。南アフリカ共和国国歌”南アフリカの国歌”は相容れないはずの2つの歌がうまく融合し、一つの国歌として素晴らしいメロディを奏でています。ネルソン・マンデラが国歌に込めた”虹の国”という大望。その大望のメロディ、聞いてみたくはありませんか?